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*PART5.突然に*
「顔色が悪い」

そう早口で言うと、助産師さんは赤ちゃんを抱きかかえ、
分娩室から足早に出て行ってしまった。



頭の中が真白になった。
体の感覚がない。
自分の体がどこからどこまでなのかわからなくなった。
確認しようと、両腕を交差して腕を抱いた。

何が起こったのか…
思考も時間も止まってしまったかのようだ。

穏やかそうな医師が後産の始末をしてくれていた。
子宮に残った諸々をかき出す作業をするという。
少し痛いらしい。
でも、頭の中が真白で体の感覚がないわたしは、痛みも何も感じない。
切開した箇所を縫っている。糸が通る感覚はある。
縫ってもらいながら、お産について話をした。

妊娠前に婦人科検診を受けた際、子宮筋腫と子宮内膜症が見つかり、
(どちらも何の症状も無かった。生理はきちんときていたし、重くもなかった)
妊娠の妨げになるほどに重症ではないけれど、お産の時は帝王切開になる
(筋腫が邪魔をして赤ちゃんが産まれない)
であろうと言われたことなど…
それでなかなか赤ちゃんが産まれることが出来なかったのでは?
と思ったのだ。
それに大して医師の回答は驚くものであった。

「筋腫なんて見当たらなかったけれどね」

妊娠すると子宮の中の環境が変わることはよくあることで、
筋腫が消えてしまったり、どこかに隠れてしまうことは
珍しいことではないとのこと。

どのぐらいの時間が経ったのだろうか。
(後で考えたら10分ほどであった)
赤ちゃんを連れて行った助産師さんが戻ってきた。
顔つきを見ると先ほどの深刻な表情は消えており、
穏やかだ。医師と会話をしている。聞き取れない…

この時点でまだ赤ちゃんをしっかり見ていないし、
どこかに連れて行かれてしまっているにも関わらず、
不思議と不安な気持ちはなかった。
何度も言っているけれど、そのことに関しては真白なのだから。

「赤ちゃん、お母さんの血液を飲んでしまって、体温が少し低かったの。
ヒーターに入れていますから、すぐに回復すると思うんだけど、
明日、小児科の医師に診てもらってからの対面ということになりますから」

オギャー、オギャー、オギャー
赤ちゃんの泣き声が聞こえた。

「わたしの子供の声ですか?」
「違います」

再度、オギャー、オギャー、オギャー

「わたしの子供?」
「ううん、違うの。ここからは聞こえないの」

新生児室から聞こえる赤ちゃんたちの声。
この声の中にわたしの子供の声は含まれていないと。

「わかりました」

出産後、母体の様子を見るために分娩台の上で2時間過ごす。
子宮の戻りを促すようにだったか…アイスノンを下腹部にあてられる。

依然として頭の中は真白なまま。何の感情も沸いてこない。
ここ数日間、まともな睡眠を取っていないにも関わらず、全く眠くない。
目も妙に冴えている。
子供を産んだという実感もない。

身動きもせず、何も考えられずにぼーっと天井を見上げていると、
見慣れた顔が分娩室に入ってきた。夫だ。
ニコニコしながら、こちらに近づいてくる。

「赤ちゃん…連れて行かれちゃった。今日は会えないって…」
淡々とそう夫に伝えると、不思議そうな顔で夫が答えた。

「えっ?会ったよ?」

「どこで???」とわたし。

夫の話はこうである。

分娩室から出された後に廊下で待っていたら、
そう時間が経たない内に助産師さんが出てきて
「産まれましたよ!」と知らせてくれたらしい。
その後、「赤ちゃん見られますよ」とのことで
新生児室に居た我が子に対面したらしい。

えぇー、どういうこと???

「五体満足だった?」とわたし。

首を傾げる夫。これは何かを考える時の夫の癖だ。

「ねぇ…」嫌な予感がちらりと頭をかすめた。

「顔以外はタオルに包まれていたからわからないけど、
特に何も言われていないから、問題ないよ」

た、確かにそうだけど…(タオルに包まれて)

でもでも、明日にならないと会わせてもらえないはずじゃなかったの?
なんでわたしは赤ちゃんに会えないの???

居ても立ってもいられない。でも身体はまだ自由にならない。
一体どうなっているの???
混乱した頭でいろいろと考える。

とそこに先ほど赤ちゃんを連れて行った助産師さんが部屋に入ってきた。
顔つきは穏やかだ。微笑みを浮かべている。

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by sybilization | 2007-09-26 13:00 | report(delivery)
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